風通しのよい職場どうつくる?“上司を選ぶ選挙”とは
2024年12月26日 19時29分働き方改革
検査内容の改ざん、顧客情報の流出、取引の価格操作…。企業の間で社員による不正や不祥事が後を絶ちません。
背景にあるのは、社内の風通しの悪さや閉塞感。こうした中、“幹部や上司を社員による選挙で決める”というユニークな人事制度がその対策につながると聞いて、私たちは取材を始めました。
“上司を選ぶ選挙”とはどんな仕組み? なぜ不正や不祥事の対策に? 取材で見えたものは…。
(NHKジャーナル解説キャスター 山崎淑行/ニュースメディア部デスク 橋本知之)
社員1000人の投票でエリアマネージャーを決定
まず取材したのは、身体を伸ばすストレッチの店を全国展開している「ノビテル」。
東京 新宿区の本社
社員数は1000人余り。店舗数はこの1年で25%ほど増えておよそ250となるなど、急成長しています。
この会社、各地域で複数の店舗を統括する「エリアマネージャー」を、毎年春、社員全員が集まって行われる総選挙で決めています。
ことしは5月に東京 江東区有明のイベント会場を貸し切って行われました。
候補者7人を紹介する動画が大画面に映し出されると、集まった社員からは声援が飛び、拍手が沸いて大盛り上がり。
その様子はまるでアイドルグループのコンサートのようです。
候補者は順番に壇上で自分の仕事への思いや問題意識、目指す会社の姿や戦略をプレゼンテーションし、自分に一票を投じてほしいと訴えていきます。
男性候補者
「私は店長としてスタッフのやりたいことに寄り添い応援してきました。この場に立つまで5年かかりました。本当につらかったです。この場に来られなかったメンバーからも応援をもらいました。もし私がエリアマネージャーになったら大切な人を大切にする。その思いをもってやっていきたいと思います!」
女性候補者
「どう頑張ったらいいのだろうか、なんかうまくいかないな、そういうことがあると思います。私がエリアマネージャーになったらわからないことがわからないままにならないような環境を作って、誰もが行動をしやすいような仕組みをつくりたいと思います。その先にお客さんの未来が広がる、そんなブランドにしていきたいと思います」
候補者たちはこのステージに至るまで、各地域の予備選挙で選ばれたり、経営陣へのプレゼンテーションや能力テストに合格したりしてきました。
最後に、役員も含めた全社員がスマートフォンなどで投票します。
その結果、得票の多かった4人がエリアマネージャーとなりました。
およそ20年前にこの人事制度をつくったという社長の黒川将大さんに、ねらいを聞きました。
黒川将大社長
「30年近く経営者をしていますが、組織にとって一番ダメなのは、社員が上司の顔色を見がちになることです。給与や出世につながる評価は直接の上司がするのでどうしてもそうなりがちです。お客さんや自分の部下、本来見るべきほうを見なくなってしまうんです。それが定着すると派閥や内紛、不正につながります。私も何度も失敗しました。だから選挙で権限を委譲する方法を考案しました」
黒川社長は幹部が上から命令するピラミッド型の組織ではなく、幹部が社員の真ん中にいる円の形の組織を目指しているといいます。
この仕組み、社員の側はどう感じているのでしょうか。
過去の選挙でエリアマネージャーに選ばれ、その後、社内選挙を担当する白井美友紀さんは「社員が選んでくれたことに責任があるんです。もし上司や社長に選ばれたら、自分が向く方向が違ってしまうと感じます。それに何度でもチャレンジできるので、機会も評価も公平で納得できます」と話していました。
また30代の男性社員は「年功序列で上司が選んだからではなく『あの人を選んだのは私たちだ』という責任感のようなものが社員の側にも生まれると思います。選んだ人の取り組みにも責任を感じます。それは仕事に対する姿勢にもつながっていると思います」と話していました。
上司を選ぶ選挙 課題は?
ただ、よいことばかりではないようです。
1つは、人気投票になってしまうリスクがあること。幹部に求められるマネージメント力がない人も、中には選ばれてしまうということです。
そのため、必要な能力テストを導入するなど、毎年、選考方法を変更しながら試行錯誤しているそうです。
また選挙には時間と手間がかかります。選挙が終わるとすぐに次の年の選挙準備が始まり、必要な人員を割り当てる必要があります。
それでも黒川社長は、こうしたコストは“会社の文化”をつくるために欠かせないものだと話します。
黒川将大社長
「うちの会議は、上司・部下にかかわらず意見が活発に出て、ゲラゲラ笑いながらやっていることが多いです。ほかの企業では職場での人間関係の問題解決に多くの時間が割かれると聞きますが、弊社はそれが少ない。その分を仕事に集中できて生産性の向上につながっています」
社員100人の企業も選挙で上司を選ぶ
続いて、地方の中小企業でも選挙で上司を選んでいる事例があると聞いて取材しました。
福岡県須恵町にある大正時代創業の金属加工会社「ベルテクネ」です。
社員数は100人余り。工場の各班のリーダーを、数年に一度の社員選挙で選んでいます。
この会社も立候補制で、我こそはと思う人に手を挙げてもらい、社員・スタッフ全員が投票します。
“リーダーとしての抱負”
立候補者は、自分の目指すリーダー像や会社としての目標などを具体的に紙に書き出し、それを社内の掲示板に張り出して社員にアピールし、投票してもらうということです。
社員が主役の“社員主体経営”
この会社の特徴は、上司を選挙で選んでいるだけではなく、さらに進んで社員が主役の“社員主体経営”を導入していることです。
通常、役員など幹部がつくる会社の経営計画書は、社員のグループが作成しています。
どんな事業をどう展開すれば会社が成長するか、社員どうしの真剣な討議が重ねられると言います。
その結果となる決算書も、社員全員が毎年、読み込むといいます。
経営チェックシートの集計結果
また、社員やスタッフの全従業員が、経営陣にむけて課題や問題提起を行う「経営チェックシート」を毎年、経営陣に提出しています。
シートには経営のさまざまな項目について社員が評価する欄もあります。
食堂の掲示場所 さまざまな情報が張り出される
経営陣はシートを読んで返事を書きます。その返答も含めて会社の食堂に張り出され、どんな問題が提起されて経営陣がどう答えたか、社員全員が把握できるようにしているそうです。
さらに給与や賞与のルールも明確化。売り上げが好調な際は「半期経常収支の25%をボーナスで社員に還元」するなど具体的に定めています。
経営陣の報酬も社員に公開されているそうです。
前田社長は、こうした取り組みが社内の風通しをよくしていて、不正の抑止につながっているといいます。
前田努社長
「この仕組みを取り入れてから、社員が皆、仕事を“自分事”と考えるようになりました。会社への責任感もより出ています。社員との信頼関係が重要で面談も大切にしていますし、上司や幹部は社員から厳しく見られていますので、会社にとってよくない不正は起きないと思います。仮に起きてもすぐに社員の誰かから情報が入るでしょう」
トップダウンをやめた理由
なぜ、ここまで社員の主体性を重視するのでしょうか。
かつてはこの会社も創業家が社長を務め、トップダウン経営でした。
社員は指示待ちで、かったつな意見交換もなく、業績が伸び悩んだ時もあったといいます。
そこで先代の社長・今の鐘川喜久治会長が、16年前、大きく経営方針を切り替えました。
その結果、社員も当事者意識を持つようになったそうです。
鐘川会長によると、収益が伸びたある年に「給与のベースアップ」を社員に伝えたところ、社員の側から「来期の予想は厳しいので今回は一時金にとどめたほうよい」と逆に諭されたことまであったということです。
鐘川喜久治会長
「昔は社員が上から言われたことしかせず、会社のためにという雰囲気も弱かったです。なにより社員が楽しそうではなかったので、これはよくないと思って変えました。最初は社員も自分で考えることが増え、責任を負うことになって、反対もありました。しかし、徐々にモチベーションが変わってきて、みんなが会社のことを考えてくれるようになりました」
不正はなぜ起きる?
そもそも、不正や不祥事はなぜ起きるのでしょうか。
不祥事を起こした企業の過去の調査報告書などの記述には、次のように風通しの悪さなどへの指摘がみられます。
▽なれあいの習慣・言い出せない組織風土があった。
▽顧客の要求を満足できなかったが、実質的な品質に影響はないと正当化した。
企業不正に詳しい日本経営士会会長の鈴木和男さんによりますと、次のような傾向があるそうです。
風通しが悪いと経営陣は現場の状況を正確に把握できなくなって、無理な要求や誤った判断により現場に不平不満がたまり、現場独自の裏マニュアルが横行するなどしてしまう。
また規模が大きくなると本部と現場、スタッフとラインがさらに離れてしまう傾向があり、ルール違反に気付いても「言い出せない、見て見ぬふりをする」など自浄作用が働かず、不正や不祥事の温床になっていくということです。
一方で「うちの会社で不正は考えられない」と話す、取材した2社。
鈴木さんは、上司を選ぶ選挙を行うことで、社内の「公正性」「透明性」「自律性」が高まり、社員の不正や不祥事の防止にもつながると注目します。
日本経営士会会長 鈴木和男さん
「選挙という公明正大な人事を導入したことで部下も上司に言うべきことを言える風土になっています。また情報を透明にしていることで多くの人のチェックも入りやすくなります。上が決めた無理難題が下に降りてくるようなことがなく、風通しが悪く不正の遠因になるピラミッド型組織ではないフラットな組織ということが、2社の共通点だと考えます」
上司を選ぶ選挙 なぜ広がらない?
ですが、この上司を選ぶ選挙の取り組み、あまり広がっていないというのです。
なぜ多くの企業では取り入れられないのか、2社に聞いてみました。
(左)黒川社長(右)鐘川会長
黒川将大社長
「このやり方、人事や評価は選挙で決めるので、ある意味、社長は権力を失います。社員を納得させるためには本当のマネージメント力が問われるんです。それに風通しがいい会社といえば聞こえはいいけど、人が育つのにはどうしても時間がかかりますし、意思決定にも議論に議論を重ねるので時間がかかる組織にはなります。それをよしとするかですね」
鐘川喜久治会長
「視察に来る方は多いですが、その後に導入した会社はあまり聞きません。中小企業のトップになろうと起業する人は、金持ちになりたい、偉そうにしたい、といった人も多いのでしょう。その気持ちはわかります」
経営者としての権威や人事権を手放すこと、意思決定に時間や手間がかかることへの抵抗感があるのではないかということでした。
また、社員数が多い大企業や分業が必要な製造業など、規模や業界、業種によってはこの仕組みが適さない場合もあるとみられます。
多くの企業ではどうすれば?
では、どうすればいいのでしょうか?
経営士の鈴木さんは多くの企業でできる取り組みとして、次の2つを挙げました。
▽「社内公募制度」の導入
▽「社内FA制度」の導入
「社内公募制度」は、社内で人材の募集をかける制度です。社員がみずからの意思で応募する仕組みで、新しいプロジェクトの立ち上げなどの際に行われます。
「社内FA制度」は、社員が異動したい部署に自分を売り込んで、希望する人事異動を実現する制度です。FAとはフリーエージェントの略で、プロ野球選手が移籍する際のFA宣言のような仕組みです。
社内選挙もそうですが、これらの対策に共通するのは、社員が主体的に動き、その希望を反映することで社内に信頼関係を構築してモチベーションを上げる、つまり「エンゲージメントを高める」ことだといいます。
日本経営士会会長 鈴木和男さん
「社員が仕事にやりがいを感じて『会社のために貢献する』という意欲を持つことができ、社内の風通しもよければ、社員は会社にとってマイナスになる不正や不祥事はそもそもしなくなるし、気付いた際に声をあげるようになるはずです。また、日本は“成長の時代”から、精神的豊かさや多様性、絆などが求められる“成熟の時代”に入ります。社員が健康で幸福にいきいきと働く、いわゆる『ウェルビーイング』な経営手法がますます求められていくと言えます」
取材後記
なぜ、不正や不祥事のニュースがこんなに多いのか、そんな問題意識から始めた取材。
社内で大がかりな選挙をするには時間もコストもかかるのでは…と素朴な疑問もありましたが、2社とも「私たちの目指す組織に必要な仕組みだ」と話していたのが印象的でした。
組織を風通しよくできるか、結局、問われているのは経営者の考え方で、時代の変化を読み取ることも求められていると強く感じる取材でした。
ラジオセンターデスク
山崎淑行
1997年入局
福井局 科学文化部 静岡局 名古屋局など経て現所属
平日夜10時からのラジオ第1「NHKジャーナル」解説キャスター
ニュースメディア部デスク
橋本知之
2003年入局
青森局 盛岡局 経済部 宮崎局 佐賀局 ネットワーク報道部など経て現所属
「大学生とつくる就活応援ニュースゼミ」編集長
(2024年11月28日「NHKジャーナル」で放送)
この記事の内容は、NHKポッドキャスト「山崎デスクの気になるニュースな現場」エピソード122 でもお聴きできます(配信2025年2月20日まで)↓↓↓
解説担当の山崎淑行がニュースデスクの目線で気になった現場や話題の人物を取材した特集など、放送内容を再編集、ブラッシュアップしてポッドキャスト版としてお届けします
不正・不祥事対策に「選挙で上司を選ぶ」人事制度?どんな仕組み なぜ導入 組織を風通しよくするポイントは | NHK | WEB特集 | 働き方改革