ホテルにサウナ 軍事基地 “ロシア化”進む北方領土の実態は…
2025年2月8日 19時04分北方領土
2022年のロシアによるウクライナ侵攻開始によって交流事業などが中止され、日本人が足を踏み入れることが難しくなっている「北方領土」。
北方四島の衛星写真やSNSを分析すると、この数年で北方領土の開発が急速に進んでいる実態がみえてきました。
北方領土が“観光スポット“に?

砂浜を疾走するバギー。サウナが付いた豪華な宿泊施設。

SNSや動画投稿サイトでは、ロシアが実効支配する北方領土の択捉島や国後島が、豊かな自然を体験できる場所だと盛んにPRされています。
択捉島のツアー会社は、「手付かずの自然」を体験できる島として、火山のふもとのハイキングや「温泉卵」づくりなどがセットになった3日間のツアーを販売。

国後島でもマッサージサービスが付いた宿泊施設が営業し、ロシアの主要都市からの行き方も説明しているなど、観光客を呼び込もうとする工夫が見てとれます。
地元メディア「赤い灯台」では、国後島を含む自然保護エリアでは2024年、5年前の3倍超となる約5000人の観光客が訪問したとしています。
観光以外の街の開発も進んでいます。

択捉島では2024年、新しいカフェやスーパーがオープンした様子がSNSに投稿されています。
子どもたちが通う新しい学校の建設や道路工事も進んでおり、地域ではスポーツ大会も開催されるなど、インフラが整い、島の生活が豊かになっている状況がうかがえます。
また、ロシアの検索サイトの統計データを調べると、2024年の1年間にロシア国内で「択捉 ツアー」ということばが検索された回数は、3年前と比べておよそ3倍に伸びていて、ロシア国民の関心も高まっているとみられます。
北方領土をSNSや衛星画像を使ってデジタル調査すると…
配信期限:2月15日(土)午後10時まで

元島民の思いは
北方領土は、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の4つの島があり、戦前は1万7000人余りの日本人が住んでいました。

しかし、80年前、旧ソビエト軍が侵攻し、現在も不法な占拠が続いています。
故郷を追われ、訪れることもままならない元島民は様変わりしつつある北方領土に何を感じるのでしょうか。

納沙布岬から望む国後島
択捉島生まれで元島民などでつくる団体の代表をつとめる松本侑三さん(83)に、北方領土を望む根室市の納沙布岬で話を聞きました。

千島歯舞諸島居住者連盟理事長 松本侑三さん
「見れば見るほど行きたい。自分の生まれた地はやっぱり自由に行きたいですよね」
択捉島の天寧という集落で生まれた松本さん。
父親は郵便局長だったといいます。
終戦直前の1945年に自宅で撮った写真を、松本さんは懐かしげに眺めていました。

幼少期の写真(右が松本侑三さん)
松本侑三さん
「当時、なかなか手に入らない蓄音機が家にあり、いろんな人がいっぱい来て、レコードを持ち寄ってみんなで楽しく聴いていたんです」
ふるさとである北方領土には、かつてはビザなし交流や墓参事業で訪れることができました。
しかし、新型コロナやウクライナ侵攻の影響で、ビザなし交流は中止に、墓参事業も見送られていて、いまは島に行くことはできなくなっています。
松本さんに、北方領土を観光地としてPRしているSNSの動画も見てもらうと、豊かな自然がロシアによって開発されている様子に表情が曇りました。

松本侑三さん
「ちょっと不愉快ですよね。ロシアの領土だということを前提として語ろうとしていることは、非常に許しがたい行為だと思います」
地元経済への影響は
さらに取材を進めると、漁業などの地元経済への影響も懸念されていることがわかりました。

根室市の花咲港は、ロシア近海でとれたウニを輸入する玄関口として知られています。
港に入る船舶の位置情報データを分析すると、ウクライナ侵攻後は少し頻度は減ったものの、いまもほぼ毎日ロシアの漁船が入港しています。
港を訪れたロシア船の船長に話を聞くと両国の友好を望む声が聞かれました。

ロシア船の船長
「望んでいるのはまさに友好、よい隣人関係です。私たちロシア国民と日本国民は、お互いに隣接しているので、仲よくしなくてはいけないし、助け合うべきです」
一方、地元の水産加工会社に話を聞くと、ロシアから北海道に入ってくる海産物に変化を感じているといいます。

根室市の水産加工会社 島孝治社長
「カニの輸入の取り扱いは全盛だった約20年前に比べて5分の1、10分の1に減っている。国産も減っているので悩みます」

ロシアから輸入されたカニ
これまで北海道に入ってきていたロシアの船が近年、他の国に行っているとみていて、今後さらに取り引きが減少することを心配しています。
島社長
「昨今の世の中、事情はさまざまありますが、やはり経済は経済で協力しあって、日ロ双方での漁業交渉がうまくいけば、なんとか生き残れるのかなと思っています」
水産ビジネスの拡大も
北方領土周辺の漁業環境の変化は、衛星写真からも見えてきました。
これは色丹島の沿岸部を写した衛星写真の変化です。
※画像の上のスライダーは左右に動かせます
比較すると、写真の中央部には大規模な建物が出現していて、港の規模もさらに大きくなっています。
中央部の建物は2019年に稼働したロシア最大規模の水産加工会社の工場で、港の拡張にあわせて、近年は大型の船が次々に入ってきていることも確認されています。
2018年に島を訪れた北海学園大学の濱田武士教授によりますと、この工場では数百人の雇用が見込まれていると説明があり、その後、大勢の技術者や労働者が島に移り住んだとみられるということです。
こちらは、2025年1月下旬に北方領土付近で操業していたロシア漁船団の配置図です。

北方領土付近で操業するロシア船団(1月20~26日)
とったスケソウダラやマダラを色丹島など近くの港に水揚げしているとみられます。
濱田教授によりますと、北方領土付近は良好な漁場で、ロシアの船によって水揚げされた魚が缶詰や切り身などに加工され、ロシア国内や韓国・中国に大規模に出荷されているということです。
こうした漁業開発に伴って、島では学校や病院などのインフラも急ピッチで開発が進んでいるといいます。

北海学園大学 濱田武士教授
「北方領土では水産施設だけでなく病院や学校など社会インフラの整備もロシア政府主導で進められている。かつては島に住む人が生活物資や医療サービスを日本に頼ることもあったが、基盤産業である漁業が増強され、観光を含めた経済・社会の開発がさらに進み、日本と交流する意識も弱まって、よりロシア化が進んでいる。経済面でも生活面でも日本への依存度がどんどん下がっている」
ロシア軍の“重要拠点“
さらに、北方領土ではロシア軍による「軍事基地化」も進められています。
ロシアの軍事事情に詳しい東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授によりますと、1970年代以降、択捉島と国後島に軍の地上部隊や地対艦ミサイル部隊が配備されるようになり、北方領土の軍事基地化が本格的に進んだということです。
近年、ロシア軍はアメリカへの抑止力として、北方領土の北に広がるオホーツク海で潜水艦によるパトロールを活発化させていて、オホーツク海と太平洋と隔てる千島列島がその海域を守る防衛線となっているといいます。
北方領土はその防衛線の最南端に位置しており、ロシア軍にとっての軍事的に重要であると指摘しています。
ウクライナ侵攻で軍備が…
一方、近年はウクライナ侵攻が長期化していることで、北方領土の基地の兵力や装備を一部移動させる動きがあるといいます。
小泉准教授が示したのは択捉島の天寧にある軍事施設を撮影した2022年7月の衛星写真です。

択捉島天寧の軍事施設(2022年7月)
拡大してみると、箱状の物体がいくつも配置されています。これは、ミサイルを搭載した防空システムとみられています。

東京大学先端科学技術研究センター 小泉悠准教授
「ここにはS-300V4という防空システムが配備されました。北方領土を含むオホーツク海南部の防空を強化していることがわかります」
※画像の上のスライダーは左右に動かせます
一方、2024年11月に撮影された同じ場所の衛星画像では、防空システムが設置されていた場所が一部、空になっていることがわかります。
小泉准教授によりますと、これらの装備はウクライナ侵攻開始後に姿を消していて、ウクライナの戦場に送られたとみられるということです。

小泉准教授
「ウクライナの戦場で防空システムが大量に必要になったので、北方領土からも持っていったのでしょう。防空システムに限らず、北方領土からはかなりの数の人間も戦争に行っています。この戦争は遠くで起こっているのではなく、われわれのすぐ近くまで含めてやっている戦争だということです」
“領土問題 簡単に動かず”
小泉准教授は「ウクライナ情勢をめぐりかつてないほど米ロ関係が緊張している」としたうえで、ロシアにとって北方領土の軍事的な意義が高まり、日ロ間の領土交渉をより一層難しいものにしていると指摘します。
小泉准教授
「北方領土が持っている核戦略上の意義は、数年前とはまた違う重みを持っていると思います。ロシア政府としても、政治的にこの問題で日本に折れるわけにいかないという面に加えて、軍事的な重みがさらに強まってしまった。さらに2020年の7月にはロシア憲法を改正し、“領土の割譲禁止”ということもはっきり言っています。なかなか北方領土問題が簡単に動くとは考えないほうが現実的でしょう」
ふるさとは遠く
択捉島で生まれ、4歳のときに家族とともに島を離れた松本さん。

松本侑三さん
「納沙布岬から見える島影が近ければ近いほど、実際には行けないふるさとを遠く感じる。何年も行けない状態になっているので、1日も早く島に行きたい」
北方領土の元島民の平均年齢は89歳と高齢化が進み、時間との戦いになっています。
変わりゆくふるさとの地に再び立つ日が来るまで、元島民の願いはやみません。
(釧路局 梶田純之介、機動展開プロジェクト 斉藤直哉 井上直樹)
サタデーウオッチ9(2月8日放送)
北方領土をSNSや衛星画像を使ってデジタル調査すると…
配信期限:2024年2月15日(土)午後10時まで

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